新しい旅立ちに生きる

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新しい旅立ちに生きる―46―

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力強く宣教される石井錦一牧師 2016.6.12

 5月31日~6月1日に東京教区総会があり、かつてのように怒号と混乱はもう10年以上なくなった。教区総会で、教団総会議員に選挙されたが現職の牧師では最年長の一人になってしまった。次世代の牧師、信徒が教団のまことの教会形成をしっかりと築きあげてほしいと願っている。

 6月2日に「ふれあい塾あびこ」の会で講演した。この会の中心になっている方は、定年後のシニア世代を中心に市民団体に生涯学習システムを15年間も続けている。7月には1000回目を開催し、受講者は3万人を超えているとのこと。私は「幼児、児童福祉70年を語る」ということで、1時間30分お話ししてきた。あとでお話を聞いてくださった方々が、よい学びの機会であったと感想を送ってくださった。
 6月4日に、上原達子さんの死の知らせ、戦後70年のほとんどを松戸教会の歩みを共にしてきた方がまたひとり神のもとに召された。私と共に60年近く歩んだ信徒である。今の松戸教会の現況からは想像もつかない教会の歩みであった。この計画を役員会、教会全体に提案すると、必ず反対する人がいた。後には、今のような教会ビルを建てたから問題であったと厳しい役員、信徒から批判の声がたくさん聞こえてきた。お金も借金の返済、教会の将来に対する私の無謀のことをしたと批判は強くあった。その中で何人かの信徒、役員が私の計画を支持し支えてくれた。上原達子さんもその一人であった。教会全体が一致して賛成することによって計画を進めることが、教会の大切なことだという声を聞く。私は教会のためにこの方向に行くべき必要を祈ってきたことは実現すべきだ、神は必ず導いてくださると信じて決断した。現在の教会を生み出すために支えてくれた多くの信徒は、天に召されてしまった。私が60歳代になった頃、直接、間接に「早く牧師をやめろ」と私に言った人々がいる。役員会、信徒の一部からいつも冷たい視線を感じた。何とかして後継者を、松戸教会のさまざまな問題をうけとめてくれる人を得たいと祈り続け数人の牧師にお願いに行った10数年があった。幸いに村上恵理也牧師一家を迎えたことはうれしいことであった。信徒は自分の思いだけで教会の将来を考えてはいけない。2000年の教会の歴史はいつも神の計画、祈り、希望によって歩んできたことを忘れてはいけない。
 6月12日に久しぶりに松戸教会で説教をした。代務者として5人、10人の礼拝で奉仕した教会の会衆の多くいることもうれしいことである。

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近藤国親牧師就任式で語られる石井錦一牧師

 6月26日我孫子教会牧師就任式。10年間山形県宮内教会の牧師、幼稚園の働きをして、我孫子教会の牧師として帰って来てくれた近藤国親牧師は松戸教会出身である。60歳にして東京神学大学に入学して、大学院まで6年間を終えて66歳で古い歴史のある教会、幼稚園に行かれた。10年の間に教会の働きと共に幼稚園を「認定子ども園」として1000坪を越える土地に、保育園、幼稚園をひとつにした立派なきれいな「子ども園」を建設された。東葛分区にある我孫子教会に帰って来たことはありがたい。私は1年間我孫子教会の「代務主任牧師」として奉仕して、近藤牧師を迎えて教会員も感謝して共に教会生活をする喜びをもっていてくれる。

 6月27日、「戦後70年の千葉県の伝道‐これからの主として信徒の課題‐」を千葉支区伝道協議会で話した。この会は千葉支区にとって大切な会であるが支区内牧師・信徒は積極的に参加しない。私は千葉支区の信徒の教会役員としての訓練が大事であることを語ったが、礼拝出席に忠実であることももちろんであるが、祈る生活が必要であると共に信徒として聖書・神学の学びをもっとしっかりしてほしいと思ったあとで報告・質問があり、祈りの最も必要なことは「ひとりで祈る」ところから始まる。ひとりで祈るための本を三冊ほど書いた。祈りについて基本的訓練と学びによって祈り会を変え教会を変えると思っている。
今、教団の問題は牧師としての基本的訓練をどこでどのようにすることかである。そこまでは話せなかった。

松戸教会牧師 石井錦一


●石井牧師の予定●
7月4日~6日
全国私立保育園連盟研究大会
主として礼拝は松戸教会に出席できる予定


2016.6

新しい旅立ちに生きる―45―

 4月から、上総大原教会に毎月第3主日の礼拝と役員会に行くだけになり、日曜日は松戸教会の礼拝に出席できるようになった。私もいろいろな病気をかかえているが、何とか毎日あちこち出かけることはできる生活を続けている。

 日本キリスト教保育所同盟の理事として、同盟の働きの一部を負ってきたのが、今年度で理事は辞任して、しばらく同盟のメンバーとして、できる奉仕はしていくつもりです。松戸保育園協議会において30年間、全体の会長として奉仕してきた。戦後、民間保育園は6園であったが、今は45園、さらに増えてきている。松戸市の子育てや青少年問題、教育関係の審議会、委員会に多くは会長職の責任をもってきた。今は優れた働きをする方々が委員として責任をもっていてくださるようになった。

松戸市の放課後児童クラブが小学校全校に設置できるようになった。小学校45校に児童クラブができている。このために12年間会長職の責任をもってきたが、今年度で辞任したいと願っている。少しずつ仕事の一部を辞任することができるようになり、次の時代を負ってくれる人がよい子育ての働きになってくれることを願っている。

社会福祉法人ピスティスの会は、小さな一つの保育園から、さまざま責任を持つようになり、現在は11施設だが、今年度中にあと3施設を建設する予定であり、大きな組織になった。それぞれに責任をもった施設長がいてくださり、あわせて理事・評議員として法人の運営に関わっていてくれる。福祉の会計・法人運営のあり方も大きく変わってくる時代になった。初期の保育園のように、午後や夕方にお茶を飲みながら「ああしよう」「こうしよう」と語り合った運営は通用しなくなってしまった。社会福祉法人の働きが大きく変わってくるときに、まず施設長たちが、この制度を理解し、変化をしっかりと受け止めなければ、働く人たちも混乱してしまう。社会福祉は大きな変革の中にあるが、大切なこと、忘れてはいけないことは、乳幼児・小学生たちの豊かな成長を支えていくことである。

松戸教会担任教師として、これからの伝道と教会形成について、思うこと、願うことがたくさんあるが、私のできる発言をしていかなければならないと思っている。

松戸教会牧師 石井錦一


●石井牧師の予定●

  • 6月12日 松戸教会 奉仕
  • 6月19日 上総大原教会 奉仕
  • 6月26日 我孫子教会 奉仕
  • 6月27日 千葉支区伝道協議会
  • 6月27~28日 日本基督教団宣教委員会

2016.5

新しい旅立ちに生きる―44―

 松戸教会の主任牧師を辞任して、1年目は主として千葉県内の牧師のいない数教会で毎週礼拝の奉仕をした。
2年目、3年目は、私の出身母教会である横浜菊名教会の代務主任牧師として、教会、また附属の菊名愛児園(保育園)園長責任をもったが、日曜日を中心に前後3日間を横浜菊名の地で過ごしていた。結婚式、葬式の司式をいくつかした。このために、この時期、松戸教会員の葬式には、司式も出席できないときが続いた。幸いに村上牧師がすべての責任を負って奉仕をしてくださったことは感謝であった。
4年目は、我孫子教会の代務主任牧師の責任をもった。
10年近く前から、私の初任地の教会である上総大原教会の代務主任牧師の責任をもって毎月第3主日の礼拝、役員会、そのほかの責任をもってきた。昨年から隠退教師の鈴木崇臣牧師が、私が上総大原教会の代務主任牧師でいる間は、第3主日以外の礼拝と前後3日間ほどを教会の牧師館に住んで奉仕してくださるようになった。私より10歳ほど若いが隠退された。彼とは、神学校卒業以来いろいろと交わりをもってきたので、私が今なお現任牧師をしていることを支えてくれることになった。協力牧師にはならないが、上総大原教会の説教者として奉仕をしたいとの申し出を感謝して受けている。鈴木牧師は、数冊の礼拝、聖書、牧師に関する本を出版していて、多くの人に読まれている。
半世紀をこえて松戸の地で牧師として奉仕し、附属の保育園が社会福祉法人として独立し、その中で園長、理事長として歩んできた。
この間、松戸市の中では保育園協議会の会長職を30年以上してきた。若い時代は、市の教育委員会の審議会や少年センター、青少年相談員などいくつかの会長として働いてきた。今は、放課後児童クラブ協議会の会長職の責任をもっている。
キリスト教関係では、特に日本基督教団の各種委員会、出版局の編集長職も長く奉仕した。また、今はよい祈りの本、教会生活の学びの本が出版されているが、そのもっとも初期に出版をしたことは、キリスト教出版に関わってきた者としてよい奉仕ができたと思っている。

情緒障害児短期治療施設

情緒障害児短期治療施設
望みの門木下記念学園

4月28日にミッドナイトミッションのぞみ会が千葉県で初めて「情緒障害児短期治療施設」を設置した「望みの門木下記念学園」の開設式に出席した。54年前に木下ドーラ宣教師によって、県下唯一の婦人保護施設が富津市に創設された。ドーラ宣教師が木下弘人牧師とともに支えたこの働きは、時代の要請に応え、現在は20をこえる各施設をもつ社会福祉法人となった。「情緒障害児短期治療施設」は、医師、臨床心理士、教師、保育士、児童指導員、看護師等のスタッフが半年から数年かけ、職員と児童が寝食を共にする生活をして、療育が終われば、それぞれの家庭、施設にもどる働きをする施設である。今の子育て、学校教育の場にいる情緒障害の子どもたちが、この施設で、より幸せな生活ができるように祈って開設式に参列した。
私は望みの門京葉後援会の会長の任を負ってきた。40数年、主として千葉県内の教会婦人たちが委員として奉仕してくれる中で、会費や基金を通して、この後援会は数千万円をこえる寄付をしてきた。今度も開設のお祝いとして百万円の寄付をすることができた。主として千葉県内の諸教会の方々が会員となってこの働きを後援してほしいと願っている。
すでに、いろいろな機会に、社会福祉法人ピスティスの会(「ピスティス」とは「真実」の意)の理事長としての働きについて書いてきた。松戸市は、子育てにおいて住みよい町となるべく、乳幼児から学童にいたる子どもたちのための施設をつくると共に、そこに働く保育、教育に関わる人がよい子育ての協力をしていくことを願っている。私たちの法人も、保育園2施設、小規模保育事業4施設、放課後児童クラブ3施設、放課後KIDSルーム1施設、E‐子どもの森・ほっとるーむ松戸という名の乳児をもつ保護者が乳児と共に自由に遊びにくることのできる広場、また一時預かりの保育事業を併設している場をもっている。
今年度は小規模保育事業、さらに第3の保育園建設を予定している。人材(保育士等)がどれだけきてくれるか、また建設にかかる法人の負担にどれだけ責任をもつことができるか、理事会、評議員会の大きな課題となっている。もっともよい方法で実現できるよう、祈ってほしい。
松戸教会牧師 石井錦一


●石井牧師の予定●

  • 5月15日 上総大原教会奉仕
  • 日本キリスト教保育所同盟
    千葉県保育振興会
    日本基督教団宣教委員会
    等の働きがある

2016.4

新しい旅立ちに生きる―43―

 3月は保育園の卒園式があり、2つの保育園の新1年生になる園児たちを送り出した。0歳から入園した園児は、毎日成長していく姿を見てきた。乳幼児期の保育、教育が大きく変わってきていることを子どもの成長から教えられる。
特に母親のお腹の中から胎児が生まれ、それからの1年間に焦点をあてた「赤ちゃん学」は、あらためて学び直す必要があると感じている。研究者の学会報告から教えられることが多い。「ほっとるーむ」で乳児親子に交われるのはうれしい。また、4つの小規模保育室では、「0、1、2歳」の小グループの子育てを実践している。保育者たちも毎日新しく育つ姿を見ている喜びを共に味わっている。よいキリスト教保育ができるよう祈っている。
娘しのぶが40年前に卒業した「女子聖学院」の卒業礼拝に昨年も招かれたが、今年も招かれた。「もうお話することはありません」とお断りしたが「ぜひ今年も来てほしい」との招きに断りきれず、卒業礼拝に行ってきた。中高6年間、キリスト教主義の学校で学んだ大切なこと、「聖書」をよみ「さんびか」を歌ってきたことを忘れないでほしい。いや、あなたたちのこれからの人生でいろいろな人々との出会い、交わり、喜び、悲しみを経験するであろうが「6年間」この学校で学んだひとりひとりを、人生の終わりまで見守り見捨てない主イエスがいることを忘れないでほしいということを「こころよ、いっておいで」という八木重吉の詩を説教題にして語った。キリスト主義の保育、教育に長くかかわってきた。たった一度だけ聖書と信仰について聞いた人を含めて多くの人と出会ってきた私が、伝道者として、いつも祈る願いである。
全国あちこちにいく生活は今もあるが、「松戸教会に一度だけ出席しました、今この教会で洗礼を受け教会生活をしています」という声を何人かからきいた。松戸教会で洗礼をうけて、転居したあとも教会生活を続けている人たちと、この一年の中でも多くの出会いがあったことは、うれしいことである。
我孫子教会の代務主任牧師を3月31日で辞任できた。これから、松戸教会の礼拝に出席できるようになった。毎週教会のみなさんとの交わりを感謝する新年度を迎えることはうれしい。

松戸教会牧師 石井錦一


●石井牧師の予定●

  • 社会福祉法人ピスティスの会の新しい事業も含めて週日は、主として市内での働きをしています。
  • 4月11日 上総大原教会 奉仕

2016.3

新しい旅立ちに生きる―42―

2月の生活をまず並べて書きます。松戸市放課後児童クラブ法人協議会(通称MAC協議会)の会議。松戸市は小学校が44校ある。児童クラブの前身である「学童保育」は長く父母会の方々が土地を借り、園舎を作り自主的運営をしてきた。働く父母たちの休日である土曜日曜は、子どもたちのために運営について話し合う時間となり、その苦労は大きなものであった。私たちの保育園出身者の親たちがその苦労している姿をはじめから見てきた。13年前に松戸市における学童保育のあり方を検討する委員会ができて、市内全校にNPO法人か社会福祉法人が運営するように組織を作った。私もはじめから関係していたので、MAC協議会の組織を作った時に会長になり、12年を越える会長職をしてきた。毎月MAC役員会、全体の協議会をもっている。放課後児童クラブを国が正式に認めてくれたので、運営費その他の費用を支出してくれるようになった。私たちの法人も三か所の放課後児童クラブの運営の責任をもっている。放課後の子どもたちの生活の場で何をしたらよいか、市内の放課後児童クラブは、それぞれ特徴があって、放課後の子どもの生活をどのようにしたらよいかこれからの課題である。
「Eー子どもの森・ほっとるーむ松戸」の運営も市から委託を受けてしている。主に0~3歳児向けの親子の遊び場である。伊勢丹デパートと並んで建つ大きな建物の中の4階の中に市内の他の施設から見れば一番大きい「ひろば」を運営している。毎日少なくとも50組、多い時には100組を超える乳幼児が保護者と共にきて自由に遊ぶひろばとなっている。育児休暇が1年になってから、保育園に0歳児が少なくなった。0歳の乳児をもつ母親たちに毎月一回は「赤ちゃん講座」で私が話している。若い母親と乳児にお話するのは私にとって楽しみになっている。20組から40組の母子が来てくれる。「ほっとるーむ」では子育てのための会を他にもいくつかもっている。さらにここは「一時預かり」もしていて、四時間を原則として乳幼児を預かる働きもしている。利用者は多い。
松戸駅の近くということで、松戸市外の母子が利用しているのは、他の市ではこのような施設がないかあっても利便さがないからだという。さらに松戸駅東口の周辺に「小規模保育事業」を「保育室」と名付けて三か所、4月からもう1か所増えて4か所で0~2歳までの園児を保育している。松戸市長は待機児童をなくすために現在30か所を目指しているが将来は50か所にしたいという。私たちの法人もそのために2か所の保育園運営と共に乳幼児の保育をできる限り受けとめて、保育を求めている保護者の希望にこたえられるようにと願っているが、これにはさまざまな問題がついてくる。働いてくれる責任者たちと労苦を共にして働いてくれる人が少ない。教会の中からシニア世代が加わってくれるとうれしい。
2月18日~19日は、四国地区のキリスト教保育者の研修会に招かれて「子ども子育て支援制度における、これからのキリスト教保育の役割」と題して、2時間30分のお話をしてきた。松山市のとなり、伊予市にある「社会福祉法人エリム会さくら幼児園」の理事長、園長を中心によい交わりをもって帰って来た。
2月26日は、千葉支区の長期宣教計画委員会の招きで「千葉支区の伝道の歴史と戦後における千葉支区の宣教とこれからの課題」について一時間ほど話した。日本キリスト教団の戦後の歩みを共にしてきた私にとって、教団および教団出版局の働きに関係してきた者として、教団のこれからの課題にも責任があるが、千葉支区は都市化しているところと過疎地にある教会のこれからをどうしたらよいか、私なりに感じていることを話した。支区内教会は変えるべきこと、変えないことをどのようにしていくか、次の世代の牧師、信徒がしっかりと受け止めてほしいと願っている。
3月末をもって我孫子教会の代務主任牧師を辞任できたので、やるべきこと、課題はたくさんあるが、すべて私の代ですることでなくて、次の世代の人々に期待して祈っていきたいと願っている。

松戸教会牧師 石井錦一


●石井牧師の予定●

  • 3月 6日 我孫子教会奉仕
  • 3月13日 我孫子教会奉仕
  • 3月20日 上総大原教会奉仕
  • 3月27日 我孫子教会奉仕
  • 松戸教会
  • 墓前礼拝奉仕

2016.2

新しい旅立ちに生きる―41―

 老夫婦ふたりの生活で、私は一泊二泊の会議や研修に行くことが多い。1月27日から2月1日まで6日間、神戸に行った。妻礼子は、毎日「今日も生きていてほしい」と祈っていてくれる。家に帰って来ると「生きて帰って来た」と迎えてくれる。若いときは、一週間の出張が多くあったが、最近は長くても3日間くらいで帰って来ることが多くなった。今回の一週間は、礼子にとって長かったのだろう、帰ってまず、「一週間もいない出張はやめて…」と言われた。老夫婦はお互いに助けあいをしないと心身共に疲れてしまう。
私は一週間家を離れて、研修でお話をする責任を果たしてきた。
一週間の神戸生活の4日間は「保育総合研修会」に行き、主題「乳幼児期の学びとは何か―これからの保育が担うべき福祉と教育―」の研修会に参加してきた。基調講演を「日本保育ソーシャルワーク学会」(保育学研究における専門学会)を設立した講師から聞いた。日本発達心理学会、日本子ども学会、日本赤ちゃん学会の講師は「最新の研究から学ぶ―新しい赤ちゃん像と保育実践」と題して講演した。中央教育審議会教育課程部会の講師は「小学校教育改革を見据えた乳幼期の学びを考える」と題して講演した。それぞれの講演で乳幼児教育保育の新しい位置づけの問題を聞いた。
具体的には、子どもの発達や学びの連続性をふまえ、また幼児期において、探求心や思考力、表現力に加えて、感情や行動のコントロール、粘り強さ等の「非認知的能力」を育むことが重要であること、その後の学びと、小学校の各教科等における教育の単純な前倒しにならないよう留意しつつ、幼児期の終わりまでに育ってほしい姿の明確化を図ること、乳幼児教育にふさわしい評価の在り方を検討すること、など幼児教育の特性に配慮しながら、その内容の改善、充実が求められていた。保育士、幼稚園教諭が、この「非認知的能力」を再認識し、意図的に取りこみ、乳幼児期から小学校教育の生活や学習の基盤を構築していく重要性を語っていた。
学者の先生たちは、難しい言葉を使っているが、今、乳幼児教育でもっとも必要なことは「非認知的能力」をしっかり養い育てていくことだ、と強く語っているのを聞いて、少なくとも私たちが方向づけてきたことは、間違っていなかったと知った。礼拝は、神戸東部教会で奉仕をして帰って来た。

松戸教会牧師 石井錦一


●石井牧師の予定●

  • 2月 7日 我孫子教会奉仕
  • 2月14日 我孫子教会奉仕
  • 2月21日 上総大原教会奉仕
  • 2月28日 我孫子教会奉仕

2016.1

新しい旅立ちに生きる―40―

20160101110753_DSC_1753 クリスマスは例年のことだが乳幼児のためのクリスマス会での奉仕が多い。2015年12月はピスティスの会の各施設でお話をした。第一平和保育園、第二平和保育園では、乳児と幼児、それぞれの「クリスマス会」で奉仕した。三か所の放課後児童クラブ、ほっとるーむ松戸、小規模保育室(三か所合同)でも「クリスマス会」が行われ、奉仕した。

12月20日、我孫子教会のクリスマス礼拝では、受洗者1名が与えられた。我孫子教会は10年以上受洗者を得ることができなかったので感謝であった。
12月27日、上総大原教会のクリスマス礼拝で奉仕した。
松戸教会におけるクリスマス礼拝の責任が終わっても、以前と同じようにあちこちのクリスマスを守った。クリスマスイブ礼拝は久しぶりに松戸教会で礼拝出席者の一人として妻と共に出席することができ、うれしいことであった。
12月28日に50数年共に「日本キリスト教保育所同盟」の仲間として、敗戦後の保育園の歩みを共にしてきた上水保育園園長であった今井謙さんの葬儀に行った。お互いに保育園に関わる者として30代の時に知り合った。明治以来、キリスト教幼稚園がキリスト教幼児保育の中心であったが、1949年(昭和24年)児童福祉法が制定されて、教会、キリスト教関係者が保育園の働きを社会福祉法人として行うようになり、乳幼児の保育・教育を築いてきた。「幼児教育」中心から「乳幼児保育教育」へ。保育園はそれを実践してきた。これによって保育学は大きく変わってきた。今井さんとは、議論もし、ケンカ?もよくしたよい仲間であった。
昨年から子育て制度と乳幼児保育教育を一元化することで、幼保一元化が実現するはずであったが、結果は幼稚園、保育園、認定こども園となり、加えて小規模保育園、家庭的保育園などが認定されて、幼保一元化が制度的に変わってしまった。次の時代を見据え、子育て制度がもう少しすっきりしたあり方になることが望ましいと長くかかわってきた私は感じている。

元旦礼拝の説教を松戸教会でした。
「私はなぜイエス・キリストを信じたか―敗戦後71年をむかえて―」と題して語った。敗戦後の日本基督教団70年の歴史を思った時、教会のあり方や、信徒の教会生活が本当に「主の教会」として成長してきたかをどこかで問う必要があると感じてきた。教団・教区のあり方、一個教会のあり方、その只中を生きる牧師、信徒は教会を「まことの教会」として、その基本的信仰の原点が正しく理解されていない。教会は高齢化して、若者がいない、子どものいない教会が多くなった。50数年前、私が牧師となったときは、教会は一定の人々が集っていた。しかし、日本社会の60年安保、その後の大学紛争、そして教団内部における混乱と紛争があり、各個教会の中にも同じようなことが起こった。特に、日本基督教団は40年の混乱、紛争の課題を今もなお解決できず、一致に至っていない。もう一度、聖書、初代教会の原点から出直す必要があると思っている。20名を超える礼拝出席のない教会が教団教会では過半数を超えている。たくさんの礼拝出席者がいることだけがすべてではないが、少数の信徒で牧師を迎えて教会形成することには、すべてにおいて困難がある。松戸教会のようにいつも会堂が礼拝者でいっぱいになっていることは感謝すべきことだが、自己満足?の信徒になってはいけない。教会の基本的あり方、伝道、財政など、もう一度真剣に考えるべきである。また、各個教会だけでなく支区・教区、教団のあり方を正しく見極めていく教会生活の必要を感じている。

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元旦礼拝後、お孫さん、ひ孫さんと共に

むかしが良かった、とつぶやいているのではない。本当に牧師も信徒も伝道に対して考えなおす必要があると思っている。
松戸教会牧師 石井錦一

 

 


●石井牧師の予定●

  • 1月 3日 我孫子教会奉仕
  • 1月10日 我孫子教会奉仕
  • 1月17日 上総大原教会奉仕
  • 1月24日 我孫子教会奉仕
  • 1月31日 神戸東部教会奉仕