写真でみる教会断片

2022年1月

 クリスマスには教会や各種団体、関係者からたくさんのカードが届きます。掲示板に貼り出し切れないほどです。この期節に見られる挨拶の交歓は教会独特の暖かな慣習です。
 独り子を送り遣わされた主を仰ぎ、互いを案じ、その恵みを祈り合う。このような日々にも、キリストにある交わりに静かな喜びをいただきます。
 このカードのほとんどは電子化の時代にもかかわらず手から手へ、人を介して運ばれます。そこに肉筆の一文でも添えられれば、いよいよ差出人の方の思いを想像し、見入ってしまいます。
 年頭、教会の子からいただいた賀状には、かわいい手描きの寅が「ガオー」と元気に吠えています。そこには「今年の目ひょうはけんこうに気をつけて、学校と、きょうかいを、やすまず一年、ずっとかよう!」と力強い決意が書かれ、また、「ぼくし先生も、休まないでくださいね!」との励ましもありました。
 新しい年、あの人の抱負が成就することを祈りつつ、自分もまた祈られていることを思います。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年12月

 礼拝堂に据えられるアドヴェント・クランツは礼拝者に、玄関先のリースは道ゆく人に、クリスマスが近いことを知らせます。
 幼き日、これを見て小さな胸は高鳴りました。それがいつのまにか弾む胸も年の瀬の何かに埋もれる感覚を抱くようになりました。さらに感染予防への意識が重なると、クリスマスを待つ心を保つのに一層の努力が求められます。
 二千年の昔、ユダヤの人々も救い主の到来を待っていなかったわけではありません。それでもあの夜、住民登録ににぎわうベツレヘムは、赤子のひとりを宿す部屋をさえ譲り空けることができませんでした。皆が皆、自分のことで精一杯でした。
 クリスマスは夜の出来事として描かれます。その夜とはそのまま人の世の織りなす闇と重なります。
 しかし、クリスマスには声高らかに宣言されます。
 「光は暗闇の中で輝いている」(ヨハネ1章5節)と。だから、自らの闇を覗きながらも、弾まぬ胸を抱えながらもクリスマスを待つ者でありたい。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年11月

 街をゆく着物の子をほほえましく眺める季節です。教団では6月第2主日を子どもの日(花の日)と定めますが、松戸教会では七五三の時期に寄せて11月第2主日に幼児祝福式を行ってきました。再び壇上を埋め尽くす子どもの笑顔を見る日を祈り待ちます。
 感染症と向き合う日々に「こういう状況だから」と、何かをしない理由は立ちます。しかし、この日々にこそ教会は問われているのでしょう。「子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない」と言われた主イエスに従い得ているのかを。
 窮状を訴える声を届ける術を持ち合わせないものの思いを抑え込み、彼らの必要の充足を後回しにしてしまう。わたしたちは子どもを連れてきた人々を叱った、あの弟子たちのようにはなりたくはありません。
 今わたしたちは小さい声に耳を傾ける訓練を受けているのだと思います。教会に行きたい、友だちと会いたい、一緒に食事をしたい、千歳飴がほしい…。どんなに小さな声の中にも、子どもが今を生きるために必要な欲求が隠されています
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年10月


松戸教会は1903年10月1日を創立記念日とします。118年という長きにわたり伸べられた主の御手の導きを感謝する今このときです。
 ただ感染爆発期と重なる今、教会がその歴史において通り抜けた試練にも思いが至ります。日露戦争前夜に宣教を開始し、二つの世界大戦へ至る国情の中を歩んだ教会は、二つの大戦の間にも、いわゆるスペイン風邪による疫病の害、関東大震災の害を被りました。戦後の内政・外交の混乱と破れという政治的状況とも無関係ではありません。束の間の好景気の前後には長い景気低迷期が横たわり、大地震、風水害、人災…。また外的状況のみならず、教会の内部に痛みや苦しみを抱えた日々もあります。
 もし教会に試練の年表があるとすれば、「特になし」と空白になる年はあるのかと、暗く重い心持ちにもなります。
 それでも、かつて教会を襲った幾多の試練を一つ
 主の群れとして歩み抜かれた人々の顔を眺めては、明日へ向かおうと思い直す、今このときです。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年9月


 新しい季節、金允道先生を習志野教会へと送り出しました。今、ともに歩んだ2年と8ヶ月という年月を感謝のうちに振り返り得ることは幸いです。
 先生は来日後、日本の企業で働き、日本の神学校で学ばれましたが、信仰生活は韓国の教団の教会で続けました。そのためいわゆる日本の教会での生活は松戸教会が初めてでした。その始まりはどれほど緊張の伴うものでしたでしょうか。
 別れ際、先生は松戸教会から多くを学んだと言ってくださいました。ただ、それは一方通行のことではなく、私こそ先生から多くを学びました。祈ること、献げること、仕えること…。殊に、感染症と向き合う非常時における先生の献身的な奉仕は、萎みそうになる私の心と足を励まして余りあるものでした。
 先生のことですから、今、新しい地でやはり緊張の伴う出会いを経験されるのでしょう。それでも先生のことですから、すぐにも教会の一肢(ひとえだ)として生き生きと教会にお仕えになることでしょう。
 主の祝福と導きを祈らずにはいられません。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年8月


 教会の夏といえば夏期学校、とは容易に言えなくなりました。近年、子どもが集まらなくて、奉仕者がいなくて、と聞くようになったかと思えば、ここにきて感染症の影響で、と予期せぬ理由が加わります。
 清里キャンプも一昨年の「第40回」でとまっています。楽しみにしていてくれた子どもには申し訳ない思いです。
 教会は清里キャンプ以前から、子どもの夏を大切にしてきました。それはひとりの人が幼少期、教会の仲間と寝食を共にする時間の尊さを思うゆえのことです。一緒に遊んで、一緒に食べて、一緒に祈って…。その光景はひとりの人の生涯にとどまり、折々にその人を励まし、やがてその人が帰るべき原風景となります。人には幼少期の記憶から天の国を思い描く賜物が授けられている、といえば大げさでしょうか。
 「子供たちを来させなさい。…天の国はこのような者たちのものである」(マタイ福音書 19章 14節)。
 高い空の下、子どもと共に神を礼拝する、その日の近いことを祈ります。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年7月

松戸教会牧師として55年間ご奉仕くださった、故石井錦一先生の逝去から5年経つ日、先生の祈り「なぜと問い続けて」を転記します。その祈りが先生の歩みそのものから紡がれたことを思う一編です。
 神さま
 なぜ人は苦しまなければならないのですか
 なぜ憎しみをもつのですか
 なぜ裏切られる痛みがあるのですか…
 なぜなぜと問いつづけていっても
 何も答えのない暗い日々がありました
 今私はなぜと問いつづけた
 自分のおろかさを知りました…
 あらゆる耐えがたい出来事に
 忍耐することを
 幸福の中に感謝することを教えられました
 どんなこの世の不幸も
 神の愛から離させることは
 絶対にないのだという
 神の約束を信じて
 生きられるようになりました
 著書『信じられない日のために』より松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年6月

 子どもの教会ではペンテコステを大切に祝います。クリスマスやイースターに比べると地味な印象は否めませんが、聖霊を象徴する鳩の飾りつけをし、炎のような舌を表現する赤い物を身につけ、輪になって礼拝をささげ…。この日特有の習わしがあります。
 それが今年もかないませんでしたが、リーダーは奮起して、ペンテコステ・オンライン祝会を企画しました(本月報内面に報告記事あり)。
 楽しく豊かなひとときでした。ただ、この経験は「集まらなくても大丈夫」という感覚をではなく、ひとつところに集まる大切さを教えてくれたように思っています。
 信仰が知識の伝達であるならば、オンラインでも「大丈夫」でしょう。けれども信仰は頭の中の観念ではありません。それはキリストから弟子へ、弟子から代々の聖徒らへ、そして松戸の人々へと、人格をとおして継承されました。
 ペンテコステにクリスマスの秘儀、キリストの受肉の信仰を新たにされた思いがしています。松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年5月


 外壁塗装工事が終了し、再び青空に映える教会ビルとなりました。予定より遅れた工期も、思うように来会できない感染拡大期に、音と臭気の伴う作業が行われた点では予想しなかった幸いでした。
 教会は当初よりこれを単なる改修としてではなく、証しのわざと捉えました。教会の建物が健やかに保たれ、前道にゴミが落ちていない。それだけでも、通り行く人は教会堂の中を想像することができます。
 また、今回はより能動的に建物北側(市民会館側)入り口上部に教団の英語表記を入れました。United Church of Christ in Japan(略称UCCJ)。時折、カトリック教会を探して来会される外国の方がいらっしゃいますが、この表記は松戸教会がプロテスタント教会であることを理解いただく助けとなります。
 さらに、この表記は日本基督教団が単一の教派教会ではなく、United Church(合同教会)であることを表現します。松戸教会はスカンジナビア・アライアンス・ミッション(旧同胞教会)に教派的源流をもちながら、合同教会の一員として歩む教会です。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年4月


松戸教会墓地は八柱霊園にあります。1964年に奉献されたこの墓所は、およそ57年間、神のみもとに安らう先達を記念する場となっています。
 春と秋にささげる墓前礼拝には、大勢の方が参列されます。今春も全体で行うことができず残念ですが、いつもどなたかが来られているのでしょう、墓前には生花が絶えません。
 墓石を囲む白い建造物は異彩を放ちます。これは
 当時教会青年として建築を学び、やがて建築士として生涯を全うした故関谷俊彦さんにより設計されました。ご本人からは「この特異な形状は祈りの手を表現している」と聞いています。一方、イースターに墓前に立つと、これがキリストのもたらされる復活の命を象徴する、たまごのようにも見えてきます。
 八柱霊園は東京都立の施設です。都民と松戸市民が利用する敷地は約105ヘクタール。東京ドーム30個分の広大な霊園には迷い人も出るほどです。その中、この建造物は周辺の目印にもなっています。通りがかる人に復活の命を証しする墓でもあります。
 
松戸教会 村上恵理也