写真でみる教会断片

2022年9月

 待ち遠しかった夏が、いつのまにか過ぎ去る季節になったのはいつのころからか、思い出すこともできません。今夏、全国高校野球選手権大会でチームを初優勝に導いた監督の言葉は、鉛のように重くこの心に残ります。「…入学どころか、おそらく中学校の卒業式もちゃんとできなくて。高校生活っていうのは、僕たち大人が過ごしてきた高校生活とまったく違うんですね…青春ってすごく密なので。」
 教会でも夏を取り戻す取り組みがなされました。しかし、宿泊行事が一日になり食べることもままならずと、制約の多い交わりです。それでも、子どもは一瞬たりとも時間を無駄にせず、楽しみ尽くしてくれます。その姿に申し訳なさを抱えた大人がさらに慰められてしまう。いつになれば幼な子らに仕えることができるのか、半歩進んだ喜びにため息も混じります。
 青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。
 苦しみの日々が来ないうちに。
 コヘレト12章1節
 新しい季節にも、若き人が神の招きに応える機会を祈り求めます。

松戸教会 村上恵理也
 
 


2022年8月

 平和を実現する人々は、幸いである。
マタイ福音書5章9節
平和について考える人ではなく、平和を実現する人。あるいは「平和をつくり出す人」(口語訳)、英語でピース・メイカー。主イエスの言葉に込められた期待はこの肩に重くのしかかります。
平和を希求する市民の運動に参与する人のつぶやきを聞きました。周囲の仲間から、どうしてあなたは日曜日の活動に出て来ないのか、と問われると。これに返す言葉がなく、もどかしい思いをすると。
確かに、そう問う人に理解してもらうのは簡単ではありません。しかしそれ以上に確かなのは、キリスト者の希求する平和に到達するには、まことの神礼拝が必要不可欠であることです。
平和を実現するために辿るキリスト者の道は、他の人と全く同じではなく、それゆえにもどかしい瞬間もあることでしょう。それでも「わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる」のですから。
 ガラテヤの信徒への手紙6章9節(口語訳)

松戸教会 村上恵理也
 
 


2022年7月

 三年ぶりに再会した友人の声は大きく張りがありました。それを聞いて、感染期、同根の困難に直面する同志の無事を確認するようで励まされました。
 一方、その声にはたと気づいたのは、その大きさの理由が彼の元気さだけではなさそうだということです。私自身、鼻の持病が耳の症状として表れるだろうことを予期しているので、それは全く他人ごとに思われませんでした。
 キリスト教信仰に欠かすことのできない言葉。これを読んで、聴いて、書いて、語って…と多用します。特に礼拝において用いる言葉の大半は耳を経由します。これを広い礼拝空間で共有するためには音声を適切に増幅する必要があります。これに昨今の録音や配信が加わると、礼拝の声や音にかかわる奉仕は実に多様で、それを担う人の労力ははかり知れません。
 いかに美しいことか 
 山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。   
 イザヤ52章7節 
 宣教をともに担う同志の存在に励ましを得ます。

松戸教会 村上恵理也
 
 


2022年6月

 その機会を失った後に、そのかけがえのなさに気づく、自分の愚鈍さに恥じ入りつつ、5月1日には聖餐式を、5月11日には祈り会を再開することができました。これらはおそらく私の生涯における忘れ得ぬ日となることでしょう。
この日の経験をとおして、教会が信じる者の群れであることを改めて確認しました。主イエスの父なる神は、わたくしどもの力など必要とされない方であるにもかかわらず、あえてわたくしどもを招き集めて教会を形づくらせ、教会をとおしてその意志とわざとを世に現わされることを思うとき、わたくしどもは互いの弱さにもかかわらず信頼し合い、ひとつキリストの体の肢々(えだえだ)として固有の役割を果たしたい。イエスは主なりとの告白をもたらす聖霊の導きを祈り求めつつ。
「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、…炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった」(使徒言行録2章1-3節)。

松戸教会 村上恵理也
 
 


2022年5月

 過日開催された千葉支区総会の冒頭では准允式が執り行われました。これをもって千葉支区に新たに3人の補教師(伝道師)が立てられました。そのおひとりが金允道先生です。昨夏まで2年余の時間をともに過ごした先生が立てた誓約の力強い声を間近に、主の導きを思い感謝し、喜びました。
 補教師(伝道師)には聖礼典の執行を除く、教会担任教師の務めが託されます。さらに2年以上もっぱら伝道に従事した後には正教師試験に臨み、それを通過すると按手を受け正教師(牧師)として立てられ聖礼典の執行が託されます。
 ひとりの信徒が牧師として立つまでには神学校における神学生としての研鑽の6(4)年、伝道師としての実践の約3年、延べ9(7)年の歳月を要します。牧師を立てる教会のわざは一朝一夕にはいかない、それゆえに祈りと忍耐を要するわざです。
 金允道伝道師の習志野教会における奉仕の祝福とともに、按手に至る備えの日々の導きを祈り続ける、松戸教会の務めをこれからも果たしたい。

松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2022年4月

 受難節最後の一週となる受難週は「棕櫚の主日」に始まります。子ろばに乗って都に入る主イエスを迎えた人々の手には棕櫚の枝がありました(厳密にはなつめやし)。それを振りかざし道に敷いて主イエスを歓迎したかと思えば、その数日後には十字架へと追いやる。この枝には人の熱狂の危うさが投影されます。
 教会にはこの枝を焼いて灰にし、オリーブ油と混ぜて額に塗布する慣習があります。具体的には、前年の棕櫚の主日に用いた枝を一年間乾燥させて焼いた灰です。これを受難節の始めとなる「灰の水曜日」に教会で塗ります。
 この経験を米国でしました。牧師が指先に黒い灰をとり、一人ひとりの額に十字を描きながら、悔い改めの促しをし、祝福を祈ります。そのようにして自分の罪と、灰に帰すべき者に注がれるキリストの十字架の憐れみを確認します。心と体をもって。
 残された受難節の日々をふさわしく歩むとき、
 主の十字架と復活の恵みを恵みとして受け取る幸いをいただくことでしょう。

松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2022年3月

 旅立ちの季節、平和保育園の卒園式々場として教会の礼拝堂を提供します。巣立ちゆく子どもの心には、必ずやこの礼拝堂が幼き日の原風景として記憶されることでしょう。しばらくこの場に足を踏み入れなくなる子も、いつかの日か、この堂を懐かしみ帰って来てくれることを信じ、その前途に祝福を祈ります。
 松戸教会が保育園を設置した1950年。この戦後まもない時期を思えば、教会が保育園の名に込めた祈りを容易に想像することができます。
  
 「平和を実現する人々は、幸いである、
  その人たちは神の子と呼ばれる。」
  
 この言葉に教会が堅く立ったあの日から72年の時を経て、今なお教会が帯びる、平和を希求する祈りを受け継ぐ使命を思わずにはいられません。世界には希望を胸に前進する子どもがいれば、警報に追われるように後退を余儀なくされる子どもがいます。
 平和の道を遮る人の世の罪を直視する、悔い改めをもってこの受難節を歩み始めます

松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2022年2月

 例年一月下旬には、梅花香る熱海でマケドニア会が行われます。全国津々浦々から集う40人ほどの成員の中には飛騨高山から、また大島や八丈島から駆けつける人もいます。
 昨年同様、本年は参集での開催を見合わせましたが、皆で集まり行うのは、先人の足跡を辿る学びであり、今、伝道の前線に立つ者相互の励まし合いです。
 20世紀初頭、犠牲を払い船で来日した宣教師は、やはり辛苦を惜しまず福音未到達地を目指し、山間部や島しょ部に入りました。この伝道に注がれた先人の祈りを受け継ぐのがマケドニア会の目的です。
 また集まれば、全員の伝道報告に耳を傾ける慣例があります。9割が牧師の会合で聴く「報告」は2日間に及び、心身ともなる胆力を試される場にもなります。しかしこの機会を失って気づくのは、伝道者相互の交わりの大切さであり、別言すれば、牧師にもまた牧師が必要であることです。
 この思いを、今般会合に代えて共有した近況報告の文面を読みながら深くしました。

松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2022年1月

 クリスマスには教会や各種団体、関係者からたくさんのカードが届きます。掲示板に貼り出し切れないほどです。この期節に見られる挨拶の交歓は教会独特の暖かな慣習です。
 独り子を送り遣わされた主を仰ぎ、互いを案じ、その恵みを祈り合う。このような日々にも、キリストにある交わりに静かな喜びをいただきます。
 このカードのほとんどは電子化の時代にもかかわらず手から手へ、人を介して運ばれます。そこに肉筆の一文でも添えられれば、いよいよ差出人の方の思いを想像し、見入ってしまいます。
 年頭、教会の子からいただいた賀状には、かわいい手描きの寅が「ガオー」と元気に吠えています。そこには「今年の目ひょうはけんこうに気をつけて、学校と、きょうかいを、やすまず一年、ずっとかよう!」と力強い決意が書かれ、また、「ぼくし先生も、休まないでくださいね!」との励ましもありました。
 新しい年、あの人の抱負が成就することを祈りつつ、自分もまた祈られていることを思います。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年12月

 礼拝堂に据えられるアドヴェント・クランツは礼拝者に、玄関先のリースは道ゆく人に、クリスマスが近いことを知らせます。
 幼き日、これを見て小さな胸は高鳴りました。それがいつのまにか弾む胸も年の瀬の何かに埋もれる感覚を抱くようになりました。さらに感染予防への意識が重なると、クリスマスを待つ心を保つのに一層の努力が求められます。
 二千年の昔、ユダヤの人々も救い主の到来を待っていなかったわけではありません。それでもあの夜、住民登録ににぎわうベツレヘムは、赤子のひとりを宿す部屋をさえ譲り空けることができませんでした。皆が皆、自分のことで精一杯でした。
 クリスマスは夜の出来事として描かれます。その夜とはそのまま人の世の織りなす闇と重なります。
 しかし、クリスマスには声高らかに宣言されます。
 「光は暗闇の中で輝いている」(ヨハネ1章5節)と。だから、自らの闇を覗きながらも、弾まぬ胸を抱えながらもクリスマスを待つ者でありたい。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年11月

 街をゆく着物の子をほほえましく眺める季節です。教団では6月第2主日を子どもの日(花の日)と定めますが、松戸教会では七五三の時期に寄せて11月第2主日に幼児祝福式を行ってきました。再び壇上を埋め尽くす子どもの笑顔を見る日を祈り待ちます。
 感染症と向き合う日々に「こういう状況だから」と、何かをしない理由は立ちます。しかし、この日々にこそ教会は問われているのでしょう。「子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない」と言われた主イエスに従い得ているのかを。
 窮状を訴える声を届ける術を持ち合わせないものの思いを抑え込み、彼らの必要の充足を後回しにしてしまう。わたしたちは子どもを連れてきた人々を叱った、あの弟子たちのようにはなりたくはありません。
 今わたしたちは小さい声に耳を傾ける訓練を受けているのだと思います。教会に行きたい、友だちと会いたい、一緒に食事をしたい、千歳飴がほしい…。どんなに小さな声の中にも、子どもが今を生きるために必要な欲求が隠されています
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年10月


松戸教会は1903年10月1日を創立記念日とします。118年という長きにわたり伸べられた主の御手の導きを感謝する今このときです。
 ただ感染爆発期と重なる今、教会がその歴史において通り抜けた試練にも思いが至ります。日露戦争前夜に宣教を開始し、二つの世界大戦へ至る国情の中を歩んだ教会は、二つの大戦の間にも、いわゆるスペイン風邪による疫病の害、関東大震災の害を被りました。戦後の内政・外交の混乱と破れという政治的状況とも無関係ではありません。束の間の好景気の前後には長い景気低迷期が横たわり、大地震、風水害、人災…。また外的状況のみならず、教会の内部に痛みや苦しみを抱えた日々もあります。
 もし教会に試練の年表があるとすれば、「特になし」と空白になる年はあるのかと、暗く重い心持ちにもなります。
 それでも、かつて教会を襲った幾多の試練を一つ
 主の群れとして歩み抜かれた人々の顔を眺めては、明日へ向かおうと思い直す、今このときです。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年9月


 新しい季節、金允道先生を習志野教会へと送り出しました。今、ともに歩んだ2年と8ヶ月という年月を感謝のうちに振り返り得ることは幸いです。
 先生は来日後、日本の企業で働き、日本の神学校で学ばれましたが、信仰生活は韓国の教団の教会で続けました。そのためいわゆる日本の教会での生活は松戸教会が初めてでした。その始まりはどれほど緊張の伴うものでしたでしょうか。
 別れ際、先生は松戸教会から多くを学んだと言ってくださいました。ただ、それは一方通行のことではなく、私こそ先生から多くを学びました。祈ること、献げること、仕えること…。殊に、感染症と向き合う非常時における先生の献身的な奉仕は、萎みそうになる私の心と足を励まして余りあるものでした。
 先生のことですから、今、新しい地でやはり緊張の伴う出会いを経験されるのでしょう。それでも先生のことですから、すぐにも教会の一肢(ひとえだ)として生き生きと教会にお仕えになることでしょう。
 主の祝福と導きを祈らずにはいられません。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年8月


 教会の夏といえば夏期学校、とは容易に言えなくなりました。近年、子どもが集まらなくて、奉仕者がいなくて、と聞くようになったかと思えば、ここにきて感染症の影響で、と予期せぬ理由が加わります。
 清里キャンプも一昨年の「第40回」でとまっています。楽しみにしていてくれた子どもには申し訳ない思いです。
 教会は清里キャンプ以前から、子どもの夏を大切にしてきました。それはひとりの人が幼少期、教会の仲間と寝食を共にする時間の尊さを思うゆえのことです。一緒に遊んで、一緒に食べて、一緒に祈って…。その光景はひとりの人の生涯にとどまり、折々にその人を励まし、やがてその人が帰るべき原風景となります。人には幼少期の記憶から天の国を思い描く賜物が授けられている、といえば大げさでしょうか。
 「子供たちを来させなさい。…天の国はこのような者たちのものである」(マタイ福音書 19章 14節)。
 高い空の下、子どもと共に神を礼拝する、その日の近いことを祈ります。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年7月

松戸教会牧師として55年間ご奉仕くださった、故石井錦一先生の逝去から5年経つ日、先生の祈り「なぜと問い続けて」を転記します。その祈りが先生の歩みそのものから紡がれたことを思う一編です。
 神さま
 なぜ人は苦しまなければならないのですか
 なぜ憎しみをもつのですか
 なぜ裏切られる痛みがあるのですか…
 なぜなぜと問いつづけていっても
 何も答えのない暗い日々がありました
 今私はなぜと問いつづけた
 自分のおろかさを知りました…
 あらゆる耐えがたい出来事に
 忍耐することを
 幸福の中に感謝することを教えられました
 どんなこの世の不幸も
 神の愛から離させることは
 絶対にないのだという
 神の約束を信じて
 生きられるようになりました
 著書『信じられない日のために』より松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年6月

 子どもの教会ではペンテコステを大切に祝います。クリスマスやイースターに比べると地味な印象は否めませんが、聖霊を象徴する鳩の飾りつけをし、炎のような舌を表現する赤い物を身につけ、輪になって礼拝をささげ…。この日特有の習わしがあります。
 それが今年もかないませんでしたが、リーダーは奮起して、ペンテコステ・オンライン祝会を企画しました(本月報内面に報告記事あり)。
 楽しく豊かなひとときでした。ただ、この経験は「集まらなくても大丈夫」という感覚をではなく、ひとつところに集まる大切さを教えてくれたように思っています。
 信仰が知識の伝達であるならば、オンラインでも「大丈夫」でしょう。けれども信仰は頭の中の観念ではありません。それはキリストから弟子へ、弟子から代々の聖徒らへ、そして松戸の人々へと、人格をとおして継承されました。
 ペンテコステにクリスマスの秘儀、キリストの受肉の信仰を新たにされた思いがしています。松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年5月


 外壁塗装工事が終了し、再び青空に映える教会ビルとなりました。予定より遅れた工期も、思うように来会できない感染拡大期に、音と臭気の伴う作業が行われた点では予想しなかった幸いでした。
 教会は当初よりこれを単なる改修としてではなく、証しのわざと捉えました。教会の建物が健やかに保たれ、前道にゴミが落ちていない。それだけでも、通り行く人は教会堂の中を想像することができます。
 また、今回はより能動的に建物北側(市民会館側)入り口上部に教団の英語表記を入れました。United Church of Christ in Japan(略称UCCJ)。時折、カトリック教会を探して来会される外国の方がいらっしゃいますが、この表記は松戸教会がプロテスタント教会であることを理解いただく助けとなります。
 さらに、この表記は日本基督教団が単一の教派教会ではなく、United Church(合同教会)であることを表現します。松戸教会はスカンジナビア・アライアンス・ミッション(旧同胞教会)に教派的源流をもちながら、合同教会の一員として歩む教会です。
 
松戸教会 村上恵理也
 
 


 

2021年4月


松戸教会墓地は八柱霊園にあります。1964年に奉献されたこの墓所は、およそ57年間、神のみもとに安らう先達を記念する場となっています。
 春と秋にささげる墓前礼拝には、大勢の方が参列されます。今春も全体で行うことができず残念ですが、いつもどなたかが来られているのでしょう、墓前には生花が絶えません。
 墓石を囲む白い建造物は異彩を放ちます。これは
 当時教会青年として建築を学び、やがて建築士として生涯を全うした故関谷俊彦さんにより設計されました。ご本人からは「この特異な形状は祈りの手を表現している」と聞いています。一方、イースターに墓前に立つと、これがキリストのもたらされる復活の命を象徴する、たまごのようにも見えてきます。
 八柱霊園は東京都立の施設です。都民と松戸市民が利用する敷地は約105ヘクタール。東京ドーム30個分の広大な霊園には迷い人も出るほどです。その中、この建造物は周辺の目印にもなっています。通りがかる人に復活の命を証しする墓でもあります。
 
松戸教会 村上恵理也